やぐら(09-番外)
島之内寄席が4時20分くらいに終演。
5時に天王寺鉄道病院でOちゃんとの待ちあわせには時間がある。
で、H氏とともに歩くことにした。
ワタシ、この日はワッハに出かける前に80分、約9000歩、歩いてきたので天王寺までの30分もちょっとしんどいかも。
で、下寺町を「ズク念寺はどこやろ?」ってなことをいいながら、テクテクテクテク。
途中、H氏の事情で一心寺さんへ。
一心寺にある小西来山の句碑。
時雨るやしぐれぬ中の一心寺
(ここ今宮は時雨れているが、あそこに見えている一心寺さんあたりは時雨れてはいないようだ・・・鮮やかに見える・・・・?)
小西来山(正しくは來山)は江戸前期に活躍した俳人で、大坂淡路町の薬種商小西左衛門家に生まれた。
「お奉行の名さへ覚えず年暮れぬ」の句は時の奉行を愚弄したとして、大坂から追放され、今宮村に「十萬堂」という庵を建てて移り住んだという話が伝わっている。
今で言うと、「橋下徹か平松邦夫なんか関係なく(知らんでも)一年は過ぎていくんじゃ」って感じ?
当時は「所払い→大阪追放」って言っても今宮というのが粋な話。
阪堺線「恵美須町駅」の近くにある「十萬堂跡」の石碑は歩道の上にあって、何で歩道にあるのかと調べたことがあった。(調べさせられたことがあった。)資料が全くなく、わからへんかったけど。
ちなみに、「門松や冥土の旅の一里塚」「涼しさに四ツ橋を四ツわたりけり」(長堀通り四つ橋の真ん中に句碑がある。)の作者でもあります。
また、実家である「淡路町の薬種商」は小西儀助商店で、現在のコニシボンドに繋がる家系だそうです。
てな歴史の勉強はさておき、天王寺へ向かう。
鉄道病院前でOちゃんと落ち合い、さらに東へ。
Oちゃん「ここら、よく車で通ってますけど、ありましたかね〜?」
ワタシ「何言うてんねん、国道沿いのレストランやで。」
で、到着しました。
知る人ぞ知る。串カツ専門店やぐら。
どれくらい専門店かというと、これくらい。
雀さんセット(うずら・玉ねぎ・アボガド・紅しょうが・プチトマト・れんこん・豚肉)のあと、酒かす、赤飯、うなぎ、どて焼き・・・・・・・
ワタシは最初の生ビールの後は瓶ビール、もちろんサッポロ黒ラベル。
3人で約10,000円
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ちなみに、目印(?)の店の向かいのガソリンスタンドはなくなっていました。
私的には、アボガド、プチトマト、うなぎがお勧め。
投稿: 覆面ランナー | 2009.06.21 18時04分