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2006.11.06

花菱の会

今日は、花菱の会に単独行。
18時20分の定刻にワッハに到着。

開口一番は10日ほど前に聞いた笑福亭喬介さんで三人旅。

「うまいっ!」とは思わないが、いい感じです。
こういう「好青年」は、応援したいですね。

続いて、桂 春蝶の名跡を継ぐことが決まった桂 春菜さん
袴姿で登場したのは、踊りがあるためか。
着物は袖あたりに蜘蛛の巣のような模様があしらわれたもの。
「蝶六さんの代演で出てまいりました。普通、代演といえば、上の者がやるんですが、今日は掛布の代打に川籐みたいな。」
演目は、七段目。例によって「ええ声」を聞かせてくれます。
春菜さんの七段目は三度目ですが、毎回、確実に魅力が増しています。

続いては、桂梅團治さん
まずは、先ほどの春菜さんの着物について、「もうすぐ、蝶になるのに、袖に蜘蛛の巣はあかんやろ。」
阪大の学園祭にも春菜さんと一緒だったそう。あと、笑福亭風喬さんも一緒だったとかで、風喬さんが阪大の学生に間違われて喜んでいた話など。
なんと、風喬さんの新人賞、賞金が45万円もあって、それだけでも欲しかった。

演目は、「長屋浪士」という新作。
元禄14年のころ、福島区の甚兵衛長屋に浪人が二人住んでいた。
浪人たちは、「主君の命日」だとか、「主君の無念をはらす」などと言い、あたりの住民達には、【赤穂浪士が世を忍ぶ仮の、、浪人姿で、、隠れているもの】だと思わせていた。(実は食い詰め者、二人。)
家主は言うに及ばず、桶屋の女房、石屋の娘、裏の大工、向かいのかみさんまで、金や食べ物、家財道具まで持ち込んでくる始末で、二人はしめしめとほくそ笑んでいた。
ところが、ある日、紙くず屋に化けた、大高源五が現れ、、、。
(ここでは、梅團治さんがとちったことは書きません。「窮鳥懐に入らば 猟師これを撃たず。」でしたね。)

中入り後は、桂 春雨さんで、時うどん。
完全版。
「時うどんは本当は長い話で、今日、私が前半もやりますが、滅多にやる人はいません。おもしろくないからです。今日、かえってホームページなどに書く人は、おもしろくなかったとは書かずに、珍しいものを聞けた。と書いておいてください。」
その、前半というのは、うどん屋に至るまでの道々、二人が「満月だから、何か落ちていたら拾おう。」という部分と二人で都々逸をやる部分。
春雨さんの大阪弁にもだんだんなれてきましたね。

トリは、桂 福車さんで、藪入り。
ワタシは江戸落語でしか聞いたことがありませんでした。
そう言えば、船徳もそうだったような気が。
福車さんは例によって、辛口のマクラで、10月31日の朝日新聞夕刊をネタに。
「繁昌亭の席亭がやめることが新聞の1面に載る。他にも、6カ国協議だとか大きなニュースはいっぱいあったのに。まぁ、どちらもポイントは米朝。」

福車さん、最近ファンクラブができたそうで、上方落語協会のHPからもリンクしてるので、是非見て欲しいとのこと。ここです。

人情噺ということで、前の春雨さんから「人情噺ができるのは人間味のないひと」という話がありましたが、よかったですよ。ホント。
藪入りで帰ってきた「亀ちゃん」のかわいらしさ、父親のちょっと抜けているけど愛情いっぱいのところ、母親の優しさ。
「亀ちゃん」は昔の奉公(に行って3年目に帰ってきている)の年齢だから、今で言うと中学生くらい?
かわいいなぁ。(うちの中学生もかわいいけど。)

帰り際、梅團治さんが頭を下げておられたのが印象的でした。

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